幕弁ブログ

私は電車で旅をするのが好きで、駅弁はその好きなもののひとつです。その中でも、いろいろな味が少しずつ楽しめる、幕内弁当が一番好きです。そんな幕弁のようなブログを見ていただきたいと思っています。

高野和明『ジェノサイド』レビュー

ハードSFの金字塔

私が生涯で読んだ小説の中で、ベスト3のひとつだと思っています。

 

元々、小学生の時分からSF(当時は「空想科学小説」と言いました)が好きで、それもハードSFと言われる分野が好きでした。特に、科学的や歴史学の情報に基づいて構築しながら、その一部を作家の想像で膨らませたリアルな小説が好きで、平凡な日常が異質な世界にゆっくりと変貌してゆくイメージに興奮したりしました。

 

日本沈没復活の日

高校生の時に小松左京に出会い、特に『日本沈没』と『復活の日』は何度も読みました。映画化やTVドラマにもなったので、ご存知の方もいるのではないでしょうか。

 

日本沈没』は当時余り一派的ではなかった「プレートテクトニクス理論」を根拠に、その理論を小説的に膨らませていって電卓を片手に書いたと言ってましたね。どこまでが実際の科学理論で、どこからが作家の想像の産物か分からない、と言う点にワクワクしました。

 

ワクワクと言うより、読んだ後はいつも地面が揺れているような恐怖感に見舞われました。東北地方太平洋沖地震のような巨大地震が発生すると、作家の想像に現実が追いついたと言うか、小説の中に放り込まれたような思いがしました。

 

   

 

復活の日』は、某国の生物兵器[MM-88]が輸送途中で容器が事故で破壊され、世界中にパンデミックを引き起こし人類が絶滅する、という小説です。これも理論的な根拠があり、「核酸増殖」という遺伝子情報による感染で広がっていくそれまでにないメカニズムが根底にあります。

 

普段はサラサラした「物質」でありながら、ヒトの体内に入ると自らの遺伝子情報で宿主の材料を用いて、ウイルスという「生物」になり激烈な感染症状を引き起こします。つまり、「物質」と「生物」の間を行ったり来たりしながら感染するというとんでもないです。

 

小説の中では、このメカニズムがかなり詳しく医者の口から説明されていますが、正直余り理解できませんでした。しかし、その「ハードさ」に痺れました。実際、このメカニズムの一部を使ったものが、新型コロナ用ワクチンとして開発されたmRNAワクチンです。

 

今回中国武漢発の新型コロナは、武漢生物兵器研究所があったことから、今でも生物兵器ではないかと疑われています。すぐに『復活の日』を思い浮かべて戦慄を覚えました。ここでも、二重の意味で作家の想像力に現実が追いついたと思いました。

 

 

 

ジェノサイド

さて、『ジェノサイド』です。私は「大虐殺」というタイトルのこの小説を、ハードSFとして読みました。メインテーマが創薬という聞きなれない世界を描いています。超人類の姉弟が、種の繁殖のために近親相姦の必要があって(なんせ超人類は世界中で二人だけですから)、その時に遺伝子コピーのミスが起こらないための薬を一薬学部の学生が開発することになります。

 

その過程が滅茶苦茶詳細に描かれていて、正直こんな説明薬学部以外の読者にわかるんか、と言うレベルです。私は、ちんぷんかんぷんでした。実際、作者は薬学部の創薬専門の教授の監修を受けながら書いたそうです。でも、それだけにその「ハード」な薫りに酔いました。分からないから、何度でも読みたくなるのです。

 

それともう一つハードSFな要素として、この世界の片隅に我々ホモ・サピエンスを超える次世代人類が出現したら、世界はどうするのかという大きなテーマがあります。

 

「世界最強」の国アメリカの「世界最強」の権力者である合衆国大統領、そして「世界最強」のアメリカ軍はこの超人類に対してどう向き合うのか。

 

この本のレビューで少なくない読者が、この作家が南京大虐殺を日本軍が起こしたものと決め打ちしている姿勢に自虐的だ、左翼的だと批判しているようですが、正直超人類たる次世代人類にとってどっちでもいいのかも知れません。

 

ホモ・サピエンスという種の中に組み込まれた残虐さを、浮き彫りにしようとしたのだと思います。我々人類が多くの牛や豚を「屠殺」してるのと、同種の人間を「虐殺」しているのは超人類の高次の眼から見れば、同根だと言おうとしてるのではないでしょうか。どちらも英語で言えば「ジェノサイド」です。

 

小説の中盤で超人類の出現が明らかになった途端に、我々より高次な一段高い所から人類がうまく賢く立ち回ろうとあくせくする姿を、冷たい醒めた目で見ている「眼」を感じ始めます。創薬の描写もより信憑性を与えてると思いますが、私たちもその「眼」を感じられたらこの小説は成功だと思います。